「都会から見える富士」

今のマンションに引っ越してすぐの頃、洗濯物を取り込もうとベランダに出てみて目を疑った。なんと遠くに富士山が、小さく、でもくっきりと見えているのである。東京に住み始めて7年以上が経つけれど、都内のマンションから富士山が見えるだなんてつゆとも知らなかったのでうれしい驚きだった。彼(彼女?)が姿を現すのは、晴れていてなおかつ空気が澄んでいる、ほんの一握りの限られた天気の日だけ。この姿を望めた日には、きっといいことがあるぞ、と少しだけ心が踊る。



「いつもの街」

私は東京と岡山の二拠点生活をしていて、月に10日間ほど都内を離れて岡山に行く。そして、岡山から帰ってきた瞬間の東京(特に自分の住んでいる街)の景色が、たまらなく大好きだ。見慣れた駅のホームも、歩き慣れた商店街も、いつもは鬱陶しく思える人混みも、すべてが愛しく思えてしまう。「ただいま!」と日常をまるごと抱きしめたくなる。日々の尊さをしばしば忘れてしまいがちな私にとって、こうやって大切なものと定期的に離れる習慣は、欠かしてはいけないことなのかもしれない。



「名前も知らない常連さん」

岡山では、月に一週間だけ営業する小さな本屋を営んでいる。営業期間、ガラガラ、と扉が開いてお客さんがやってくる瞬間は本当にうれしい。そして、お店に入って来た顔を見るとすごく安心する人がいる。名前も知らない常連さん。お店にやってきて、毎回1時間ほどじっくりと本を選び、数冊買って帰っていく。会話はほとんどないけれど、それもまたいいなと思う。自分にとっての大切な場所を大切にしてもらえるというのは、心の中のやわらかい場所をそっと包み込んでもらえているような温かい気持ちになる。逆に、自分が誰かの大切な場所を大切に思えた瞬間も同じ気持ちになる。愛は贈っても贈られても、いつだってじんわりと温かい。



「新宿」

新宿が好きだ、と言うと結構な頻度で眉をしかめられがちだけれど、新宿という街が好きだ。上京したての頃に住んだのが新宿の近くだったということも、きっと少なからず影響していると思う(雛がはじめて見た鳥を親だと思うようなもの?)。どんな人も受け入れて、他人には干渉せず、夢追い人よりも夢敗れし者にやさしいような、湿り気のある街。中でも特に好きなのが、JRの中央東口改札を出てすぐの場所にある、ビア&カフェ『BERG』で過ごす時間。このお店は、一人でいることを許してくれるのに、独りではないと感じさせてくれる稀有な場所。今日みたいな、世界中にひとりぼっちだと感じてしまう日にぴったりな、私の秘密基地なのだ。



あかしゆか|編集者・ライター

1992年生まれ、京都出身。大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。現在はウェブ・紙問わず、フリーランスの編集者・ライターとして活動をしている。2020年から東京と岡山の2拠点生活をはじめ、2021年4月、瀬戸内海にて本屋「aru」をオープン。
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