「急展開」

急、に始めるのがいい。いきなりの海、いきなりのピクニック、いきなりのビール、いきなりのピザ、いきなりの愛、そういう行き当たりばったりなものに、私はこころうごかされやすい。
「今朝、目を覚ましたときはこんな日になるなんて些かも想像していなかった」と、おもいながら眠りにつくとなんだかとても満ち足りた気分になって、ぐっすり眠れる。
急展開を実行するには愛ある強引さが必要になる。たぶんよく見えない、と天気予報の上でわかっていても誕生日だから星を見にいくような強引さが人生には必要だ。



「50円引きの塩バターパン」

スーパーで50円引きされていた塩バターパンを買ってきた。赤ん坊の二の腕のようにふっくらまあるい塩バターパンの真ん中に、適当な果物ナイフですりすりと切り込みを入れる。それをトースターでほどよく焼いてから取り出すと、わた毛が舞うようにたよりない感じで、ふわっふわとバターのあまいかおりがする。そこに冷蔵庫から取り出した冷たい生ハムをちんまり詰めて、モッツアレラチーズをきゅうとはさみ、クレソンをちぎって入れる。その上に細い線を引くようにオリーブオイルを垂らし、白い皿にのせて、黒胡椒をガリガリ挽けば完成だ。まずはアイスコーヒーをひと口のんでから、かじると良い。



「駅のホームにある自動販売機」

普段、あまり外に出ないからすこし遠くに行くだけで特別なことをしている気がして浮つく。電車を待っている時間にホームで必ず探すものがあって、それは自動販売機である。
ときどきフレッシュジュース屋さんや、お蕎麦屋さんが、ホームにでん! といることもあって、あれも楽しくて美味しいのだけれど、時間の関係上立ち寄れないことがおおい。
やっぱり一瞬で買うことができて、選ぶたのしみもあり、飲むたのしみもあり、あったか〜いやつめた〜いによって季節の変わり目を感じることもできる自動販売機に私は人知れず好意を寄せている。



「おもいでとさんぽ」

さんぽのたのしさはおもいでにある。あのほそい道、あのまがり角、あの階段に、あの日のわたしがぼろぼろと落ちている。おもいでは、悲しいものもうれしいものも一緒くたにさみしい色をしているから、うっすらブルーに発光している、ような気がする。あの川べりにころがっているうっすらブルーに光るわたしを、路傍の石ころのように、蹴りながらあるいてみる。ぜんぶぜんぶむかしのことで、ぜんぶぜんぶわたしのこと。弾むようにあるく、蹴る、あるく、蹴る、あるく。つくづくたのしいさんぽである。



小原晩|作家・歌人

1996年東京生まれ。
2022年3月、初のエッセイ集となる『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。