case.番外編 『理想の靴下を目指して』

ものづくりの現場を取材する「Factory in Japan」連載企画。
今回は、タビオの現在進行形のプロジェクトである奈良県広陵町の綿花畑へ、タビオが描く理想の靴下への想いを取材しました。

「タビオは種からつくります」

こだわりを持ったブランドであれば原料となる糸づくりや、生地作りからするアパレル企業は多くある。
もちろんタビオでも、素材の選定や靴下は編み物=選定した糸がそのままオリジナルの生地となって靴下が形成されるので、そこには創業以来こだわって選んできた。

そんなタビオが、現在進行形のプロジェクトとして自分たちの思う本当に良い靴下をつくるために綿を育てるところから、種を育てるところから自分たちでつくろうとしている。

季節は秋。初夏に蒔いた綿花の種が育ち収穫の時期となった。
最高の靴下への道のりを探りに、収穫の現場を取材した。

「2009年、綿花栽培プロジェクトスタート」

奈良県北葛城郡 広陵町。国産靴下の一大産地の街であり、タビオが生産委託をしている多くのニッターと物流拠点でもある。
この土地は、昔から『大和綿』と呼ばれる和綿の産地だった。そうして作られた綿を利用して機織りや靴下の生産産地として発展していった。

「この綿花栽培プロジェクトが本格始動する前年、2008年に構想を聞いた時は、是非ともやってみたいと思ったね。純粋に面白そうだし、夢が広がるな、と。昔からの越智会長の夢だったことも知っていたしね。でも同時に、もともと百姓が嫌いで田舎から出てきたのにな、と少なからず複雑な気持ちもあった(笑)」
プロジェクトの現場を指揮する、タビオ奈良研究開発事業部 島田は話す。

「そもそもなぜ種からなのか?」

「理想の靴下をつくりたい、自分たちの手で『原料』から研究したい」
プロジェクト総責任者でもある、タビオ株式会社代表取締役会長 越智直正は我々タビオ社員に常々こう語る。

文字で書くのは簡単だが、飲食店に例えるなら料理に使う食材を自家栽培から、しかも相応しい品種と栽培方法の研究から始めるようなものだ。
そこには料理人としての知恵だけでなく、生産者としての知見と労力も必要になる。

利益や効率性だけではない、靴下に全てを捧げるタビオの想いがこの畑には広がっている。

我々の夢、タビオオリジナルコットン Made in Japan, Made in Nara.

10年前から始まったこのプロジェクトは、決して簡単な道のりでは無かった。

良い靴下をつくるために様々な品種を試して、想い描く綿を探し続けた。

日本古来の和綿も含む、世界中の綿の研究と試験を繰り返し、ようやくタビオのものづくりに向く品種が決まった。
育てる品種が決まったのは、プロジェクトが始まって6年後の2015年のことだった。

品種の本来の産地とは違う気候の奈良で、本来の良さが出るように育てるためにあらゆることをした。

完全無農薬、オーガニック農法栽培のために除草や害虫の被害に悩まされることもあった。

本当に、手探りだった。

「実家で農業をしていたり会社の花壇を手入れしたりと、植物は元々好きだったけど、綿花は全くの素人だったね。プロジェクトを進めるにあたって色んな資料を読み漁ったり、研究機関に話を聞きに行ったけど、この土地と思い描く綿に合う正解にはなかなか辿り着かなかった。随分と失敗も繰り返したし、今思うと無駄なことも多くあった」
島田は当時を振り返りながら話す。

それでも、年々収穫量や品質の安定が図れるようになってきた。
ついに、Tabioや靴下屋のお店で並べられるほどの品質と供給量ができるようになった。
「夢に向かって、少し前進したかな」と島田は笑う。

種まきから収穫まで手作業で、丁寧に育てた綿

綿花は花が咲いた後、実を作り、それが弾けると綿ができる。
化学肥料や農薬を使わないオーガニック農法なので環境には優しいが、茎や葉が枯れるのを待って手摘みで収穫するために時間や人手もかかる。
大切に育てたコットンを、機械を使わずに一つ一つ手作業で収穫していく。

このコットンプロジェクトが動き出したのは、地場である広陵町の協力も大きい。
休耕田や耕作放棄地を、どうにかして活用出来ないかと広陵町と一緒に取り組んできた。

栽培には普段から、地元のシルバー人材の方々もご協力していただいている。
この日の収穫の最高齢は87歳。平均年齢でも75歳だ。

「世界的にみても、基本的に綿花栽培は大きな土地で機械も使った大規模農業が主流。今プロジェクトでやっているみたいに、元々稲作用の土地に、田んぼごとに点々とした作付けをするとなると丁寧な管理が必要になる。こうやって多くの方に共感してもらって、一緒に取り組んでもらえているには本当にありがたいことですね(島田)」

タビオ以外にも多くを巻き込んだ、一大プロジェクトとなっている。

取材の当日まで来ることは私たちも知らなかったのだが、総責任者である越智会長も作業着姿で収穫に参加した。
シルバーさんたちと冗談を言い合いながらも、育ったコットンを愛おしい目で収穫している様子に、長年の夢への実現の一歩を噛み締めているようにも見えた。

近畿大学とタビオの産学協同プロジェクトとしても取り組み開始

昨年2019年の綿花栽培プロジェクトは近畿大学社会連携推進センター田中教授の研究チームとの産学協同プロジェクトとしても取り組んでいる。
より高い収穫量や品質の安定に向けた研究も併せて行なっている。

田中教授は、このプロジェクトを知った時にこう思ったという。
「一度途絶えた、奈良の地で綿栽培が復活できることは素晴らしいし、決して不可能な事ではないと思った。ぜひ実現させて欲しい」と。

田中教授は、2011年東日本大震災で塩害被害を受けた東北地方の土壌改善を目的とした「東北コットンプロジェクト」のアドバイザーの一人でもある、綿花のプロだ。当時、当社もそのプロジェクトの発起人として働きかけた縁もあって、今回の産学協同プロジェクトが始まった。

「ここまで育ってくれると、感動ですね」

春からプロジェクトに参加している、近畿大学国際学部の中谷さんは喜びながら話す。
他の学生たちもみんな、データ取集をしながら、その顔には笑みが浮かぶ。

「元々ファッションや洋服が好きで、綿とはどういう素材でどんな特性を持っているとは把握していたつもりでした。だけど、実際に育つ様子や綿花の花、コットンが出来るまでの過程を今回体験し、今までよりもっと大変さや素材の面白さを感じました。より一層感慨深いものがあります(中谷さん)」

今回参加してくれた学生たちは、「Kindai SDGs Association」という学生団体も運営している。
SDGsに関連した様々なプロジェクトに取り組み、発信し、企業・団体・個人に至る多くの人の環境意識を向上させ、残された自然を守るための行動を目的とした団体だ。皆学年も、学部や専攻も異なるがそれぞれSDGsの取り組みに共感したメンバーたちが集まったチームである。
今回の綿花プロジェクトで実際にコットンをオーガニック農法で種から栽培することで、より身近に、より自分事として見識が広がったと皆口々に話す。

夢に向かって、また一歩前進する

「年月を重ねて、ある程度まとまった収穫量になってきた。品質も安定してきた。しかしながら、さらなる上を目指し、収穫量のアップと新品種の開発も目指していきたい(島田)」

これからこの綿たちは、栽培チームから糸をつくる紡績を経て靴下づくりのチームの手に渡り、最高の靴下を編むための準備に入る。
この素材の本来の良さが充分に発揮されるような靴下を、誠心誠意、全身全霊を込めて商品づくりを行う。

タビオは種からつくる。全ては最高の靴下をつくるために。
会長 越智直正を始めとする、タビオの夢がまた一歩前進する。

あとがき

「原料から、自分でつくる。」ものづくりにこだわるブランドや企業であれば、それは究極の夢だと思う。自社の事なので手前味噌にはなるが、タビオはそれを本気で、「良い靴下をつくる」ことを目指して行なっている。
そしてその想いを元に輪が拡がり、多くの人や行政の協力を得ている事や共感していただいていることを改めて実感し、本当にありがたいとつくづく感じた。
現在は一部の商品のみ先行してオンラインストアで販売している状態だが、近い将来、靴下屋やタビオのお店で皆の想いを乗せた商品が並ぶ事が待ち遠しい。

文章・写真:畑中 絢哉
靴下ソムリエ認証番号 第17006)

服飾関係の学校を卒業後、タビオ株式会社に入社。Tabioブランドの商品MD、靴下屋ブランド商品MDを経て得た、靴下の知識やものづくりのこだわりをより多くのお客様に伝えるため、現在ウェブサイトの商品説明やコンテンツ制作を中心に日々情報を発信しています。

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