服育ジャーナリスト山本晃弘聞く
り半世
Tabio 越智正会

「いい靴下の条件とは何でしょうか?」。大阪のなんばにあるTabioの本社で、創業者で現会長の越智直正氏にお目にかかって、ストレートに質問してみました。

「足に優しいこと」。

業界では「靴下の神様」と呼ぶ人もいる伝説の人物から帰ってきた回答は、とてもシンプルです。それと同時に越智会長は、自身のデスクに置いてあった二足の靴下を取り上げました。「どちらがいい靴下か、わかりますか?」と、こちらに渡されたのです。

手に取って、びっくりしました。同じように思えた靴下が、肌触りがまったく違います。掌に吸い付いてくるような、優しい触り心地。「そちらが、創業時からつくっているTabioの靴下です」。同じ素材、同じ形。「何が違うのか…」と、率直な疑問がわきます。「機械で編むときの回転数が違う。7割か8割で、ゆっくりと編みます」。生産効率を優先するのではなく、クオリティが第一。「Tabioはチャチなことはしていません」と、越智会長は破顔一笑したのです。

1955年に問屋の丁稚奉公を始めてから数えると64年、1968年にTabioの前身となるダンソックスを創業したときから数えると51年。ずっと靴下ひと筋、ものづくりにこだわってきました。それでも、「昭和30年代、40年代には、ものづくりの気持ちが僕より強い人がいました」と言います。「朝早く靴下を編むニッターの工場に行くと、徹夜作業で機械に抱きついたまま寝ている職人さんがいた。職人さんに、技術ではなく、靴下づくりの考え方を教えられました」。そんな先達の教えが、いまも根底にあります。

クオリティは、経験によって蓄積された「勘」によって生まれる。これも、越智会長の持論です。「勘という字を見てください。甚だしい力と書く。それは、生半可な知識よりも上なんですよ」。熟練者が到達した「勘」を奈良地域のつくり手で共有して、靴下のクオリティを担保していくために、1987年に中央研究所を、1992年に協同組合靴下屋共栄会を設立したのです。

できあがった靴下の状態を五感で確認するやり方は、Tabioの社員に根付いた習慣。靴下を触ったり、匂いを嗅いだり、引っ張ってみたり。じつはこれ、越智会長が若き日に始めたことだと言います。「東京に出張に行くと、帰りに八重洲の大丸百貨店に必ず立ち寄りました。その当時、憧れていた大手メーカーの靴下。お金がないので、買おうに買えません。それで出張のたびに、百貨店の売り場で触ってみたのです」。いまも自分自身の五感でクオリティを確認する越智会長は、ときに靴下を耳元に当てていることがあります。「いい靴下は優しい音がする」。ここまでくると、達人の域と言ってもいいでしょう。

価格競争をしてもいいが、品質を落とす競争をしてはいけません。そう考えると、「Made in Japan」へのこだわりは当然のこと。「ものづくりのプライドをなくすくらいなら、やめたほうがええ」。越智会長にとって、そしてTabioにとって、靴下は、心なのです。

山本晃弘(やまもとてるひろ)

服育ジャーナリスト。『アエラスタイルマガジン』エグゼクティブエディター兼WEB編集長。『メンズクラブ』『GQジャパン』」などを経て、2008年に『アエラスタイルマガジン』を創刊。2019年に自らの会社ヤマモトカンパニーを設立し、ファッションに関する編集や執筆のほか、ビジネスマンや就活生にスーツの着こなしを指南する「服育」アドバイザーとしても活動中。著書に『仕事ができる人は、小さめのスーツを着ている。』がある。

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